I believe 4
あれから丸一日、アスランは部屋から出て来ない。
そろそろ、皆が心配をし始めていた。
アスランは基本的に頑丈なので、キラはあまり心配していなかったけれど、それでも話をした後に、飲み物と軽い食事を見繕って戻っていったきりなので、差し入れを持って部屋の前に立つ。
アスラン、なんで君って、変なとこで手がかかるんだろうね。
中の気配をうかがって、静かなのを確かめてから、インターフォンを押し、音声のみで呼びかけた。
「アスラン、入るよ」
有無を言わせるつもりはなかった。もともと、ここはキラの部屋でもあったのだ。キーコードなど知っている。
シュン、と、軽い音と共に扉が開くと、案の定、ベッドの上で、裸の少年が、びくりとして振り向いた。
同じく素肌を晒して寝転んだままのアスランは、キラを見て、何度か瞬きしただけだった。
「ごはん、持って来たんだけど」
「ん・・・ああ、すまない」
「なっ・・・なんなんだよあんた！」
落ち着き払った二人とは対照的に、叫んだ少年はすぐにフーッ、とキラを威嚇する。
「面倒かけたんだ、その言い草はないだろ」
身を起こしたアスランが、後ろからシンを引っ叩き、少年は心外だとばかりに彼を振り返り、泣きそうな顔をした。
「だ・・・って、なんで、こいつ！」
「だから、ごはん持ってきたんだってば。ここ置いとくよ」
「すまない・・・つっ」
ベッドから降りようとしたアスランが、顔をしかめて息を詰めた。
慌てて支えた少年を一瞥し、キラは何も言わずにそこを出て行こうとした。
「キラ・・・」
アスランの声。仕方なく、振り返る。
また苦しそうな顔してるんだろうな、と思ったけれど、彼は、はにかんだように笑っていた。
「ありがとう」
「・・・・うん」
そう言うのが、精一杯で。
「なんでこんな奴に礼なんか！」
「じゃあお前、食べるなよ」
「食べませんよ！自分で行きます！！」
「じゃあ、ちゃんと服着ろよ」
「わかってます！」
言い合った後に、不意にアスランが酷くやさしい声で、彼の名を呼んだ。
「・・・・シン」
そのとたん、少年は声を上げて泣き出して。
アスランが、彼をやさしく抱きしめるのを見てから、キラはそっとドアを閉じる。
傷ついた少年を甘やかす彼は、二年前、キラを癒してくれたのと一緒で。
その姿に嫉妬を感じないわけではないけれど。
それよりも。
アスランが、笑ってくれた。
ごめんじゃなくて、ありがとうって言ってくれた。
ねえ、そんな顔されたら、僕は夢を見てしまうよ。
もしかしたら、君が僕を信じてくれたんじゃないかって。
僕の想いを、わかってくれたんじゃないかって。
そんなこと、あるわけないのに。
アスランが、シンを連れて部屋を出てきたのは、それから更にまる一日経ってからだった。
ふくれた顔をして、他人と視線を合わせない彼の側に、アスランはぴったりと張り付いていて。
その様は、恋人というよりも、親鳥と雛のように見えて。
少しだけほっとした自分を持て余したキラは、それでも努めて平静に言った。
「あ、アスランに聞こうと思って、放っておいちゃった仕事があるんだけどさ」
「キラ・・・どうしてお前はそう」
それは僕のセリフだよ。
どうして、君はそうなの。
言わないけどね。
「まあ、さぼった分は働くさ。お前もな」
アスランは、ぽん、と傍らの少年の背を叩いて。
「え、俺も！？」
「当たり前だろ」
もうすっかり兄弟のような二人に周囲は安心し、そうしてキラは暗い目でため息をつく。
そう。
どうして、君はそう、無神経で、やさしいの。
戦後処理、と言っても、実際にキラやアスランができることはあまりない。
キラならば、まだカガリの後ろで睨みを利かせるくらいはできるのだが、「ザフトの脱走兵」であるアスランは、むしろ火種のもとだと、大人しく工廠の手伝いなどをしていた。
結局アスランに付いてきてしまった少年も、なし崩しに同じ仕事に就きそうになったのを、アスランは止めて、高等学校へ通う手続きを取った。
自分だって学校行かなかったくせに、と、シンだけでなくキラにまで言われ、それでもアスランは耳を貸さなかった。
「君って、そういうとこ横暴だよね」
「俺は、シンのことを思って・・・」
「わかってるよ。君はいつだって人のことばっかりだ」
作業机に、キラにはわけのわからない回路の設計図を開いたアスランは、少しためらうようにしてから、訪ねて来たキラを見上げる。
その痩せた感のある肩に、キラは手を置いて。
着ていた赤い生地を、きゅっ、と掴んだ。
モルゲンレーテの赤いジャケット。キラは、アスランが赤い服を着るのが好きじゃない。
機材搬入班の女の子に切ってもらったという髪も、随分と短くなっていてもったいない。
「自分のことも考えてる」
「ほんと？」
疑わしげに呟いたキラに、アスランは軽く首を傾げ。
キラの手に、その髪の先を散らして。
「・・・シンと、一緒に暮らそうと思うんだ」
それは、自分のことじゃないでしょ。
シンを思って。
シンのために、決めたことでしょ。
「うん、そうだね」
しかしキラは頷いて、アスランの髪に、指をくぐらせた。
それがいいだろう。
一時の、誰にでも喧嘩を売るようなことはなくなったけれど、まだ、彼は不安定で。
まだ、アスランは必要とされている。
それが、アスランの幸せなら、キラに意見することはない。
指に触れる髪が、さらさらとして気持ちが良くて。
その感触を、切なく感じながら。
「アスラン、これ前の長さの方がいいよ」
「そうか？まあ、放っておけば伸びるだろう」
「そうだね」
他愛のない会話の合い間。
だから、キラは気づかなかった。
「キラは、どうする？」
そう、聞いた声が、いつもよりも硬かったことを。
「住むの？僕はいいよ。カガリのとこにいる」
「そうか」
頷いたアスランの瞳が、いつも以上に揺れていたことを。
「でも、時々遊びに来てよ。ていうか行くから。それまでに、ちゃんとあの子、躾とかなきゃダメだよ」
「犬みたいに言うなよ」
「君のペットじゃないの？あの子」
「せめて弟と言ってくれ・・・」
呆れたアスランの声に笑い、キラは彼の髪を、くしゃくしゃとかき回す。
まるで、子供の頃のように。
あの、幸せだった頃のように。